2007年02月28日

葬儀も終わりました。

本日、告別式も終わりました。
私は一昨年に父が亡くなる時に最後まで立会い、脈拍が0に成る事を確認しました。
それまでは一応生きて居た訳です。今回はその様な場面には遭遇していませんが、医学的なことは兎も角、生きている人間と死んだ人間の違いって何なんでしょうか。

金属の塊の中に何百人の人間を乗せて飛ぶ飛行機が翼の上下の圧力差による揚力と言われても判った様なそうで無い様な気分みたいです。

58歳という年齢もしかり、末期ガン宣告から1年足らず。
奥さんはぼろぼろでしたが、今春短大卒の女の子と同じく中学卒の男の子は気丈にも殆んど泣き顔を見せませんでした。とても偉かったです、親子で泣いていたらしょうがないという気持ちと、気が張って泣くどころでは無かったのかも知れません。

通常は友達が亡くなると、縁が遠く成ってしまいますが、家も近いのでなるべく線香をあげに行こうと思います。



Posted by eityann at 16:36│Comments(2)
この記事へのコメント
たまたまblogを拝見した者のです.私もS22年生まれの東中卒です。
生きるって切ないですね。友も次々定年になります。        死んだ同級生も、病気で仕事の出来ない友も、59歳で倒産した友達もいます。 きびしい現実の中で、その事を知りながらも何の手助けも出来ずただ、自分と家族の為黙々と生きています。     最期まで友人と共に生きたeityannに「素晴らし哉友情」と賛辞の
念を持ってコメントを書きました。 
Posted by 団塊父さん at 2007年03月02日 22:07
団塊の父さん様、コメント有難う御座います。
私はS24年の早生まれですから、もしかすると一学年上に成るのでしょうか。であれば東中の一期生(一中から東中へ途中で移動)でしょう。どこかでお見かけしているかも知れません、私は塚越七丁目の住人ですから。当時の担任は榎本先生(サッカーの)でした。

この様なブログって面白いですね。自分の廻りのことしか解りませんでしたが、同年齢でご病気で仕事が出来ない方や倒産した方がいらっしゃることを忘れていました。私など毎日仕事が有る訳でなく、経済的にも楽では有りませんが、上を見たらきりが無く、家族の仲も良いし、まあまあ幸せの部類に入るのかも知れません。

私の友達は家族の為に生きるのでなく、家族の為に死んだ様な気がします。だから残された家族は大変です。

差し支え無ければ、ページの上の方に私のアドレスが記載してありますので、こちらにメールを頂ければ幸いです。
Posted by eityann at 2007年03月03日 16:21
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